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2011年08月15日

被災地医療実習

筑波大学医学6年の大滝優です。
東日本大震災から5ヶ月経ちましたが、
つい先日東北大学病院主催の被災地医療実習に参加してきました。



参加を決めた理由は、震災のとき感じた歯がゆさです。

当時私は茨城県つくば市で病院実習を行っていました。
東北地方ほど大きな被害ではありませんが、
茨城県でも電気・水道などのライフラインが止まり、
日々の生活を送ることが困難になりました。

大学の病院実習は中止になり、
あと1年余りで医師になる立場でありながら、
医学生として何もできずに東京の実家に帰るしかありませんでした。

今の自分にできること、そして将来医師としてできることを考えるために、
今回の被災地医療実習で石巻赤十字病院と南三陸町の公立志津川病院に行ってきました。



実際に参加してみてわかったことが3つあります。
1つは被災地の現状です。
津波で大きな被害を受けた地域は町全体がなくなってしまい、
震災から5ヶ月経っても瓦礫の処理が続いていました。

改めて津波の恐ろしさを感じるとともに、
これからどのように復興していくのか考えさせられました。
運良く生き残っても、津波で家族・家・仕事などを失った人が多くいます。
特に南三陸町は漁業の町なので、被災者の社会復帰を含めた復興には長い時間がかかりそうでした。


2つ目はメディアで伝えられない裏側です。
志津川病院は5階建ての4階まで津波が襲ってきました。
その当時のお話を副院長先生からお聞きしました。

5階まで運べなかった多くの寝たきり患者さんが亡くなったこと、
十分な物資がなく、救助が来るまでの1夜で6人の患者さんが低体温症で亡くなったこと、
使えなくなった病院の代わりに、隣の市で廃院が決まった病院を特別に借りていること、
など志津川病院で起きたことを詳しく語っていただきました。

それは一部のメディアで報道されている話とは異なる部分もあり、
真実を知るために実際に現地まで足を運ぶことの必要性を感じました。


3つ目は災害救護活動の様子です。
石巻赤十字病院は災害拠点病院として機能しましたが、
そこで指揮をとられた先生から直接お話を聞くことができました。

特に参考になったのは、災害時の準備と対応です。
災害が起きたときの準備として、
石巻赤十字病院では民間企業と支援を約束する協定をあらかじめ結んでいたり、
災害時に誰が何をするのかというリストをきちんと実名を入れて作成していたりしました。

また災害時の対応としては組織の動かし方がうまいと感じました。
震災後、赤十字のほかにも自衛隊やNPOなどの応援チームが全国各地から来ますが、
それぞれが連動して働けるように全体の指揮をとる宮城県災害医療コーディネーターという役職をつくりました。

そして、それぞれのチームが気持ちよく働けるように裁量権を大きくする一方、
きちんと仕事をしてもらうために毎日アセスメントを提出させて、
それに対するフィードバックを行っていました。

さらに、一定期間で交代していく応援チームのことを考えて、
仕事内容ごとにラインをつくって申し送りをスムーズにしていました。
このようなことができたのは、普段からの人間関係づくりに長けているものがあったからだと感じました。


これから私がしなければならないことは医学的な専門スキルを磨くとともに、
この実習で経験したことを外部に発信して災害時の準備と対応をなるべく多くの人と考え、
いざというときに一緒に動ける人脈をつくることだと思う。

そして、将来医師になって有事に直面した際には自分の専門を生かしつつ、
周りのスタッフと協力して働きながら、
組織として最大限のパフォーマンスを発揮できるようにしていきたい。


 
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